※前回の日記はコチラ
(1周目の同区間の日記はコチラとコチラ)東海道五十三次の旅(2周目)・その33
(朝日(あさひ)~(43)四日市(よっかいち))
晴れ
今回は三重県最大規模(人口が最多)の都市である四日市を目指します。
名古屋駅(なごやえき)から前回のゴール地点である伊勢朝日駅(いせあさひえき)へ移動して再開!
小向の榎
朝日町資料館
橘守部生誕地碑
朝日町役場の駐車場隅にあります
浄泉坊
ここを左折し、すぐ先で右折します
教えてくれてありがとうでござる
前回のときはここで仕事の電話がかかってきたことを思い出しました
前回のときは木がありませんでしたが、石のベンチは変わらずです
多賀大社常夜灯
朝明橋(あさけはし)
ここを渡ると四日市市に入ります
橋を渡った際に公園があり休憩できます
公園内にある力石
松寺の立場跡
鏡ヶ池(かがみがいけ)(笠取り池)
JR関西本線(かんさいほんせん)の踏切を渡りつつ、三岐線(さんぎせん)の下をくぐります
すぐ先でもう一度三岐線の下をくぐります
富田一里塚跡碑
江戸から98番目の一里塚
八幡神社
ここにも力石がありました
「右東海道」の案内通りここで右折します
この辺りから間の宿・富田(とみだ)です。
小さな水車が回っています
四日市市富田地区市民センターの駐車場隅にある道標
富田明治天皇御駐輦碑
富田小学校の校門前にあります
十四川(じゅうしがわ)堤の桜並木
桜の季節には見事な桜並木になるそうです
常夜灯がありました
薬師寺
左折するところの突き当たりにある力石
四日市は力石が多いです…
道標
「いかるが」と刻まれていますが、この近くに南いかるが町という地名があるそうです
ちょっと寄り道…
茂福(もちぶく)城跡
茂福を「もちぶく」とはなかなか読めません…
八幡(やわた)常夜灯
かわらづの松
地名の「河原津」から「かわらづの松」と名付けられています
妋石(みよといし)
常夜灯の右下にある石
妋石の向かい側にあり、2つで夫婦石になっています
またまた寄り道…
羽津城址
国道1号に合流します
道標
「右桑名道 左四日市道」と刻まれています
国道1号を少し進んでここで斜め左折します
古い石標が目印です
三ツ谷一里塚跡
江戸から99番目の一里塚
ここを直線的に通るのが旧東海道ですが、橋がないので迂回します
海蔵橋(かいぞうばし)
三滝橋(みたきはし)
この辺りから第43宿場・四日市宿(よっかいちしゅく)です。
笹井屋本店
天文13(1550)年創業で「なが餅」で有名です
この辺りに清水本陣跡があったようですが、説明板などはありません
ここは直線的に進むのが旧東海道ですが、建物があるので斜め左折して迂回します
斜め左折するところにある道標
「すぐ江戸道 すぐ京いせ道」と刻まれています
次の交差点で右折します
諏訪神社(すわじんじゃ)
ここから四日市宿名物(?)のアーケード街の旧東海道に入ります。
アーケード街を進みます
ただ、ここから西側(近鉄四日市駅側)のほうが賑やかで、この通りはやや静かな印象です
大入道(おおにゅうどう)
四日市市のゆるキャラ「こにゅうどうくん」の父だそうです
アーケード街の出口
アーケード街出口を右折すると近鉄四日市駅(きんてつよっかいちえき)です
道路は工事中で片側の車線(東行き)が封鎖されていました
ここで横断できないので迂回します
(別撮り)寄り道して…鵜の森神社
(別撮り)鵜の森神社の隣にある田原稲荷神社
(別撮り)鵜の森神社がある鵜の森公園は浜田城址でもあります
水沢(すいざわ)道標
日永(ひなが)一里塚阯碑
江戸からちょうど100番目の一里塚
約400kmを歩いてきたことになります
東海道名残りの一本松
名残りの一本松の先で国道1号に合流します
東海道と伊勢道の追分である日永の追分に着きました。
日永の追分碑
伊勢神宮遥拝鳥居
常夜灯と追分道標
御神水
飲用可とのことなので少し飲んでみました
旧道をノンビリ進んでいきます
旧東海道はここを斜め右折ですが、この日はここで中断
左折して内部駅(うつべえき)でこの日はゴール!
この日はもう少し歩けそうでしたが、ここは四日市あすなろう鉄道内部線の終点の駅で、この先しばらくリタイアできる場所がない(バスはありますが土休日は1日4本)のでこの日はここで中断しました。
この日は四日市のホテルに宿泊したので、四日市名物のトンテキを頂きました
現在地:(43)四日市(の少し先)
今回進んだ宿場:1
今回進んだ距離:14.6km
今回歩いた歩数:35,877歩
残り宿場:11/54 ※「54」は三条大橋を含めた数
残り距離:99.5km/492.1km
