中山道の旅5thシーズン・その4(太田~鵜沼)

2017年11月29日水曜日

[歩]中山道六十九次

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中山道の旅5thシーズン・その4
((51)太田(おおた)~(52)鵜沼(うぬま))
晴れ

前日は太田宿(おおたしゅく)の少し先,坂祝駅(さかほぎえき)で中断しました.
今日は鵜沼宿(うぬましゅく)まで進めます.
前日のゴール地点,坂祝駅(さかほぎえき)からスタート!
しばらくは昨日の続き,日本ラインロマンチック街道を進みます
しばらくすると日本ラインロマンチック街道は終わり
ここからは国道21号の歩道を進みます

綺麗な紅葉が目印,ここから脇道に入ります
岩屋観音堂(いわやかんのんどう)
しばらく左手に木曽川を眺めながら国道21号を進みます
坂祝町(さかほぎちょう)と各務原市(かかみがはらし)との市町境の手前,廃屋になった「カフェテラスゆらぎ」の駐車場で階段を下ります
水路と一体化したトンネルで国道21号とJR高山本線の下をくぐると,うとう峠の入口です

ここからうとう峠に入ります.
うとう峠の「うとう」は,漢字で書くと「疎う」で,「疎ましい坂道」という意味です.
ここは中山道を江戸から進んで最後の未舗装路で,ここを越えるとゴールの三条大橋まで舗装路だけになります.
山道を進みます
物音がするたびに「クマか!?」と思いますが…

しばらくすると休憩所へ
物音は普通に散歩している人で,クマではないので一安心…

石畳を進むと峠の頂上…と思っていたら…
視線を右にやると団地が└|゚ロ゚;|┘
急に現実世界にに戻されたのと,「ここにはクマは出ないな」と安心しました(^^;

小田原宿喜右衛門供養塔
うとう峠一里塚
江戸から100番目の一里塚 キリ番!

この一帯は「うぬまの森」として近所の方の散歩コースになっていたところでした
こちらから入っていればクマの心配は全く感じなかったと思います(^^;


うとう峠を越えた後は住宅街を下っていきます.
峠の下りは住宅街です
池に沿って歩いて行きます
鵜沼宿を一望できます
ここを斜め右折すると…
赤坂の地蔵堂があり,ここが東の見附跡です

東の見附跡から第52宿場・鵜沼宿の宿内に入ります.
高札場跡
赤坂神社
「これよりうとう峠」と書かれた道標
復元された高札場
交差点を挟んで東西にある「是より東尾州領」と「是より西尾州領」と書かれた道標
大安寺大橋(だいあんじおおばし)を渡り,宿場の中心街に入ります
町屋館
元は旅籠でした

旧大垣城鉄門(きゅうおおがきじょうくろがねもん)
本陣跡
坂井家脇本陣跡
本陣跡は一般の住宅になっていますが,脇本陣跡は復元されています

脇本陣跡を入ったすぐにある芭蕉句碑
ガラスに囲まれて保存されています

古民家が4軒並んでいます
西の見附跡
ここまでが鵜沼宿内です


鵜沼宿を抜け,しばらく歩きます.
衣裳塚古墳(いしょうづかこふん)
歩道部分がレンガ調の舗装になっています
津島神社境内にある皆楽座
国道21号に合流し,片道2車線の道路の歩道を進みます
歩行者は陸橋方向は進入禁止なので,側道を進みます
播流上人碑
ここが山の前一里塚跡で,江戸から102番目の一里塚です

各務ヶ原駅(かがみがはらえき)前に到着
右手のスーパーのような建物(w)はJR各務ヶ原駅
左手に入ると名電各務原駅(めいでんかかみがはらえき)です
市の名前はか「か」みがはら市ですが,
JRのほうはか「が」みがはらえき,名鉄のほうはか「か」みがはらえきで,読み方が異なります

帰りに立ち寄った恵那川上屋の「栗一筋(くりひとすじ)」
もりそばに見えますが,モンブランケーキです(^^;
賞味期限は30分!


今回は名電各務原駅で終了.
次回は岐阜市街になる加納宿(かのうしゅく)です.

現在地:(52)鵜沼(の少し先)
今回進んだ宿場:1
今回進んだ距離:7.1km
今回歩いた歩数:16,561

残り宿場:18(+3)/70 ※「70」はゴール(三条大橋)を含めた数、カッコ内は大井宿~御嶽宿間の数
残り距離:133.8(+31.4)km/533.9km ※カッコ内は大井宿~御嶽宿間の距離

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