※前回の日記はコチラ(1周目の同区間の日記はコチラ)
東海道五十三次の旅(2周目)・その22
((26)掛川(かけがわ)~(27)袋井(ふくろい)~(28)見付(みつけ))
晴れ(強風)
今回通る第27宿場の袋井宿(ふくろいしゅく)は江戸から数えても京から数えても27番目で「どまん中」の宿場。
今回の旅ではそんなどまん中の宿場を通ります。
前回の中断地点である西掛川駅(にしかけがわえき)から再開!
大池一里塚跡
江戸から59番目の一里塚
今日も所々に松並木があります
逆川(さかがわ)
度々水害をもたらした川で、堤が欠けることより欠川→掛川となった掛川の地名の由来になっています
このまままっすぐ進むのが旧東海道ですが、国道1号に阻まれるので一度高架下をくぐり、その先で右折します
善光寺(ぜんこうじ)とその隣にある仲道寺(ちゅうどうじ)
仲道寺は東海道の中間点にあるということで名付けられたそうですが、東海道の中間地点はもう少し先のような気がします
(東海道は何度かルート変更がされているので、中間点だった時代があったのかも知れません)
原川の松並木
この辺りは間の宿原川です
同心橋(どうしんばし)で原野谷川を渡ります
渡った先からは袋井市(ふくろいし)へ
花茣蓙公園(はなござこうえん)があります
ここは立場だった場所です
冨士浅間宮赤鳥居
富士浅間神社はここから1kmほど北にあります
久津部一里塚(北塚(右側))
江戸から60番目の一里塚
久津部一里塚(南塚(左側))
袋井東小学校の敷地にあります
その袋井東小学校は「どまん中」を推しています
村松•宇刈道標と八幡社入口道標
七ツ森神社(ななつもりじんじゃ)
本殿裏から久野城(くのじょう)が見えるらしいのですが…
国道1号が見えるだけでした
(国道1号の下に見える緑の山が久野城!?)
秋葉常夜灯
立派な常夜灯です
袋井市役所のところを左折します
その先のスクランブル交差点を右折します
「これより袋井宿」の碑
ここは東木戸跡です
第27宿場・袋井宿に着きました。
江戸から数えても京から数えても27番目の「どまん中」の宿場です。
(ただし、距離的な中間地点はこの先の見付宿(みつけしゅく)~浜松宿(はままつしゅく)の間にあります)
どまん中茶屋
東本陣跡
袋井宿場公園
袋井宿は「どまん中」推しです
問屋場跡(といやばあと)
袋井宿中本陣跡
袋井宿西本陣跡
西見附跡
高札場(復元)もあります
御幸橋(みゆきはし)
御料坊傍示杭
袋井中学校の入口にある万葉歌碑
袋井西小学校も「どまん中」推し
旧澤野医院
寺澤家長屋門
ここを斜め右折します
木原一里塚
江戸から61番目の一里塚
木原一里塚(復元)
実際には先ほどの場所にあったそうですが、ここに塚が復元されています
古戦場跡 木原畷
徳川家康が腰掛けた石だそうです
許禰神社(こねじんじゃ)
磐田市(いわたし)に入ります
三ケ野橋(みかのばし)で太田川を渡ります
三ケ野橋を渡ったら階段を降りて杉の木がある道を進みます
ここから先は古道がいくつかあります
鎌倉の古道を進むときはここを左折ですが、今回はまっすぐ進みます
ここを斜め右折すると大正の古道です
ここもまっすぐ進みます
ここを左折すると江戸の古道、まっすぐ進むと明治の古道
ここを左折します
江戸の古道は急な上り坂です
突き当たりを右折するのが旧東海道ですが、左折して寄り道…
大日堂
見晴らしがいいです
車井戸跡(くるまいどあと)
明治の古道を進んだ場合はここで合流します
立場跡
大久保坂を下ります
ここにも立派な秋葉常夜灯がありました
「従是西 見付宿」の標柱ですが、見付宿内はもう少し先です
静岡県道413号に合流します
歩道橋も渡っておきます
石段の上った上には…刑場跡「ではない」という看板
違うんかーい!
#刑場跡は国道(現:静岡県道413号)に埋没したそうです
その先を斜め右折します
秋葉常夜灯
坂を下っていきます
坂を下ったところにあるこの石段を上ります
阿多古神社と神社裏手にある阿多古山一里塚碑(南塚(左側))
江戸から62番目の一里塚
神社から向かいの丘のほうを見ると阿多古山一里塚碑(北塚(右側))が見えます
見付宿内を一望できます
ここは東木戸跡でもあります
第28宿場・見付宿(みつけしゅく)に着きました。
見付宿は現在の磐田市ですが、現在の磐田市街地からは少し離れています。
この通りは卓球の水谷隼選手と伊藤美誠選手を称えて「栄光への道」と名付けられています
水谷選手と伊藤選手は磐田市出身です
東坂梅塚
問屋場跡
脇本陣跡
本陣跡
旧見付学校
旧見付学校の隣にある淡海國玉神社(おうみくにたまじんじゃ)
脇本陣大三河屋門(わきほんじんおおみかわやもん)
西坂の梅塚
ここをまっすぐ進むと姫街道
旧東海道は左折します
西木戸跡
ここまでが見付宿内です
遠江国分寺跡(とおとうみこくぶんじあと)
府八幡宮(ふはちまんぐう)
府八幡宮の裏手の方にある万葉歌碑
今日はJR磐田駅(いわたえき)でゴール!
駅前にある善導寺の大クス
ソフトバンクのお父さん犬かと思ったら違いました(^^;
東海道のどまん中・袋井宿を越えて見付宿まで着きました。
東海道の距離的な中間地点はもう少し先ですが、ようやく半分という感じです。
ゴールの京・三条大橋まではまだまだ先です。。
現在地:(28)見付(の少し先)
今回進んだ宿場:2
今回進んだ距離:15.3km
今回歩いた歩数:33,790歩
残り宿場:26/54 ※「54」は三条大橋を含めた数
残り距離:254.4km/492.1km
木原一里塚
江戸から61番目の一里塚
木原一里塚(復元)
実際には先ほどの場所にあったそうですが、ここに塚が復元されています
古戦場跡 木原畷
徳川家康が腰掛けた石だそうです
許禰神社(こねじんじゃ)
磐田市(いわたし)に入ります
三ケ野橋(みかのばし)で太田川を渡ります
三ケ野橋を渡ったら階段を降りて杉の木がある道を進みます
ここから先は古道がいくつかあります
鎌倉の古道を進むときはここを左折ですが、今回はまっすぐ進みます
ここを斜め右折すると大正の古道です
ここもまっすぐ進みます
ここを左折すると江戸の古道、まっすぐ進むと明治の古道
ここを左折します
江戸の古道は急な上り坂です
突き当たりを右折するのが旧東海道ですが、左折して寄り道…
大日堂
見晴らしがいいです
車井戸跡(くるまいどあと)
明治の古道を進んだ場合はここで合流します
立場跡
大久保坂を下ります
ここにも立派な秋葉常夜灯がありました
「従是西 見付宿」の標柱ですが、見付宿内はもう少し先です
静岡県道413号に合流します
歩道橋も渡っておきます
石段の上った上には…刑場跡「ではない」という看板
違うんかーい!
#刑場跡は国道(現:静岡県道413号)に埋没したそうです
その先を斜め右折します
秋葉常夜灯
坂を下っていきます
坂を下ったところにあるこの石段を上ります
阿多古神社と神社裏手にある阿多古山一里塚碑(南塚(左側))
江戸から62番目の一里塚
神社から向かいの丘のほうを見ると阿多古山一里塚碑(北塚(右側))が見えます
見付宿内を一望できます
ここは東木戸跡でもあります
第28宿場・見付宿(みつけしゅく)に着きました。
見付宿は現在の磐田市ですが、現在の磐田市街地からは少し離れています。
この通りは卓球の水谷隼選手と伊藤美誠選手を称えて「栄光への道」と名付けられています
水谷選手と伊藤選手は磐田市出身です
東坂梅塚
問屋場跡
脇本陣跡
本陣跡
旧見付学校
旧見付学校の隣にある淡海國玉神社(おうみくにたまじんじゃ)
脇本陣大三河屋門(わきほんじんおおみかわやもん)
西坂の梅塚
ここをまっすぐ進むと姫街道
旧東海道は左折します
西木戸跡
ここまでが見付宿内です
遠江国分寺跡(とおとうみこくぶんじあと)
府八幡宮(ふはちまんぐう)
府八幡宮の裏手の方にある万葉歌碑
今日はJR磐田駅(いわたえき)でゴール!
駅前にある善導寺の大クス
ソフトバンクのお父さん犬かと思ったら違いました(^^;
東海道のどまん中・袋井宿を越えて見付宿まで着きました。
東海道の距離的な中間地点はもう少し先ですが、ようやく半分という感じです。
ゴールの京・三条大橋まではまだまだ先です。。
現在地:(28)見付(の少し先)
今回進んだ宿場:2
今回進んだ距離:15.3km
今回歩いた歩数:33,790歩
残り宿場:26/54 ※「54」は三条大橋を含めた数
残り距離:254.4km/492.1km
※次回の日記はコチラ