陸前浜街道(水戸街道)の旅プレシーズン・その1(千住~松戸)

2019年5月12日日曜日

[歩]陸前浜街道

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※前回(日光街道千住宿)の日記はコチラ

陸前浜街道(水戸街道)の旅プレシーズン・その1
((1)千住(せんじゅ)~(2)新宿(にいじゅく)~(3)松戸(まつど))
晴れ

先日仙台道を制覇した余韻が残る中,次の歩き旅を始めることにしました.
今回は陸前浜街道(りくぜんはまかいどう)です.

陸前浜街道は日本橋(にほんばし)と仙台宿(せんだいしゅく)を結ぶ街道で,日本橋~千住宿(せんじゅしゅく)と岩沼宿(いわぬましゅく)~仙台宿までは奥州街道(日光街道,仙台道)と重複します.
国道でいうところの国道4号と国道6号,JR路線でいうところの東北本線(とうほくほんせん)と常磐線(じょうばんせん)の関係に似ています.

明治時代までは,地域や時代により呼び方が異なり,江戸時代には(水戸藩の場合)水戸街道(みとかいどう),岩城相馬街道(いわきそうまかいどう)などと呼ばれていましたが,明治5年(1872年)に陸前浜街道の呼称に統一されました.
(ただ,今でも国道6号の別名として「水戸街道」などの名前が残っていますが…)

前置きが長くなりましたが(^^;
要するにもう一度,東京から仙台を目指す旅になります.
ただし,現時点では東日本大震災の原発事故の影響で,福島県の富岡(とみおか)から双葉(ふたば)の間は徒歩で通ることができません.
この旅を続けている間に徒歩で通れるようになることを祈りつつ,とりあえず通れるところまでを目指そうと思います.

先述の通り,日本橋から千住宿までは奥州街道(日光街道)と重複しているので,千住宿からスタートすることにします.
北千住駅からスタート!
宿場町通りを通ります
前回(日光街道)のときは昼間だったので賑やかでしたが,今回は朝なので人もまばらです

千住宿本陣跡碑
前回は人が多くてこの写真撮るのも一苦労でしたが,今回は楽勝!

高札場跡
交通安全運動期間中だったので,テントが邪魔…(^^;

千住絵馬屋・吉田家と横山家住宅(よこやまけじゅうたく)
真新しい建物が並ぶ中,こうした古民家が残っています

旧日光道中と旧水戸佐倉道の分岐点

日光街道の旅のときはここを直進しましたが,今回の旅ではここを右折.
いよいよ陸前浜街道(水戸街道)の単独区間のスタートです!
氷川神社
ここには芭蕉句碑がありますが,写真撮るの忘れました…

JR常磐線,つくばエクスプレス線の下を抜けます
清亮寺
昔は槍掛けの松(やりかけのまつ)がありました

しばらく歩くと荒川(あらかわ)に行く手を阻まれます

この荒川は明治時代後半から造られた「放水路」で,江戸時代にはここには川がなく,普通に道が続いていました.
なので,ここには渡船場跡や橋跡といったものはないのですが,現在はここには橋がなく,荒川を渡るには1km先(!)の堀切橋(ほりきりばし)まで迂回する必要があります..
ということで,荒川の土手をノンビリ歩いて迂回します
右手には東京スカイツリーが見えます
日光街道の旅で千住宿を歩いたときは東京スカイツリーの開業直前でした..

やっと堀切橋まで到着
荒川を渡ります
左手は京成本線です

堀切橋を渡ったら,反対側(左岸)の土手を戻ります
当然,この道のりも1kmくらいあります…

土手を降り,ようやく水戸街道に復帰です
水戸橋(みとばし)跡
昔,水戸黄門一行が小菅村(この近辺)の妖怪を退治したが,その妖怪は狸でした
その子狸が退治されそうになったとき,近くのお地蔵様が身代わりになり,それを知った光圀が後世まで平穏になるようにと「水戸橋」と名付けたそうです

その水戸橋は現在は残っていないため,ちょっと上流側にある新水戸橋を渡ります
古隅田川(ふるすみだがわ)
蓮昌寺と山門入って右手にある石の梵鐘
大曲り
JR常磐線に沿うように歩きます

途中工事中の箇所がありました
ちょっとだけ迂回

都道467号に合流
真新しい旧水戸佐倉道の石標がありました

曳舟古上水橋石碑
一里塚跡碑
江戸から3番目の一里塚
跡碑の左にあるのは水戸黄門一行の像ですが,顔だけなので不気味…

この辺りは亀有(かめあり)ということで,こち亀の両さん像もあります
中川橋(なかがわばし)
中川橋を渡った次の信号で右折します

この辺りから,第2宿場・新宿(にいじゅく)に入ります.
東京で「新宿」といえば「しんじゅく」を思い浮かべますが,「しんじゅく」は甲州街道(内藤新宿)です.
西念寺と鯖大師(弘法大師)
日枝神社
ここが「新宿」であることを示すのはこういった住所表示くらいしかありませんでした…
右に曲がると国道6号に合流しますが,ここでは合流せずに左折します
国道6号と合流するところにある水戸街道石橋供養道標(みとかいどういしばしくようどうひょう)
同じく合流したところにある金阿弥橋跡
現在は暗渠になっています

一本松と石仏群
新金貨物線(しんかねかもつせん)の浜街道踏切
鎌倉時代には「浜街道」と呼ばれていましたが,この踏切ができた頃には「陸前浜街道」となっていたはず…(^^;

国道6号に合流し,京成金町線(けいせいかなまちせん)の踏切を渡ります
金蓮院(こんれんいん)とラカンマキ(羅漢槙)
歩道橋で道路の反対側に渡り,細道を進みます
葛西神社と境内にある力石
光増寺と「ミキいわつきしおんミチ」と刻まれている舟形地蔵道標
江戸川(えどがわ)に行く手を阻まれます
ここも江戸川の工事で旧道が消滅しているので,土手の道を迂回します

一旦葛飾橋(かつしかはし)を通り過ぎ,先に行ったところにある金町関所跡
葛飾橋に戻り,橋を渡ります
橋の途中で千葉県に入ります

橋を渡って左折します
土手を降りる階段を降ります
松戸宿の石碑があります


この辺りから第3宿場・松戸宿(まつどしゅく)に入ります.
突き当たりで左折します
松龍寺観音堂(しょうりゅうじかんのんどう)
松戸郵便局
脇本陣跡です

松戸郵便局の少し先の交差点を左折したところにある本陣跡
現在はマンションになっています

松戸神社
福岡家住宅と栄泉堂岡松
春雨橋(はるさめばし)
おいしそうな名前…(^^;

「千葉周作修行之地」の標柱と宝光院
宝光院には四国八十八箇所霊場の像がありました
旧原田米店
左折して江戸川沿いにある納屋川岸(なやがし)跡
水戸街道は直進ですが,今日はここで中断
右折して松戸駅(まつどえき)に向かいます


5月でしたが,この日の最高気温は27.5度.
日差しは強かったですが,湿度が少なかったせいか,それほど汗はかかずにすみました.
(それでも水分は多めに取りましたが…)

再び仙台を目指す第一歩.
梅雨入り前に歩けそうであればもう少し先に進めたいと思っています.

現在地:(3)松戸
今回進んだ宿場:2
今回進んだ距離:13.2km ※迂回を含まず
今回歩いた歩数:32,880歩 ※迂回を含む

残り宿場:16/19 ※「19」の数は江戸から水戸までの数
残り距離:98.2km/120.1km ※「120.1」は江戸から水戸までの距離

※次回の日記はコチラ

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